大学院先進理工系科学研究科 今澤 遼さん

取材日:2022年12月13日

先進理工系科学研究科の今澤遼さんにお話を伺いました。

今澤さんは、令和4年4月に広島大学の先進理工系科学研究科博士課程後期に進学され、リサーチフェロー(量子分野)に採択されています。

今回は、今澤さんに、博士課程後期で実施している研究や生活の様子など、様々なお話を伺ってきました。(記載の情報は取材時点のものです。)

【博士課程後期の研究内容について】

■今澤さんの研究内容について教えてください!

私は、ブレーザーという天体の研究をしています。ブレーザーというのは、「特に重い(太陽の数百万倍以上の重さの)ブラックホールが存在する銀河の中⼼核で、そこからジェットと呼ばれる噴出物が我々に向かって噴き出している」といった謎に満ちた天体です。

特に、⼀体どうやってブレーザーがジェットを噴き出すのか、その仕組みはわかっていません。私の研究では、望遠鏡や衛星を使ってブレーザーからやってくる様々なエネルギーの光を⾒て、理論と⽐較することによって、ジェット内部でどういった現象が起きているのか明らかにすることを⽬指しています。 私は大学保有の望遠鏡を用いた観測に加え、ブレーザー等から来る超⾼エネルギーガンマ線(⽬で⾒える光の1 兆倍ほどのエネルギー)を捉える国際実験グループに参加していて、データ解析と、その解析⼿法の開発を担当していますので、⽇々プログラミングを駆使して取り組んでいます。

■現時点でどのようなことがわかっているのでしょうか?

私が修⼠学⽣の頃、とかげ座にあるブレーザーが観測史上で最も明るくなり、我々の望遠鏡(⼝径1.5m かなた望遠鏡)でも連⽇にわたって観測を⾏いました。そのデータを解析することで偏光の特徴を調べ、ジェット中の磁場構造に言及しました。我々が示した結果は、先行研究で提唱されたぐちゃぐちゃな(乱流)磁場構造を支持するものだと考えています。今年その結果を⽤いて論⽂を投稿し、価値のある発⾒だと認められて正式に受理されました。この内容は、2022年12⽉にネパールで開かれた国際学会でも発表しました。

 研究室から遠隔操作で「かなた」望遠鏡を操作する今澤さん

■そもそもどうしてこのテーマを選ばれたのでしょうか。

もともと宇宙への興味があり、研究室では何かしら宇宙に関連したことをしたいという希望がありました。その興味を具体的にすべく、学部3年の春休みに東京大学が開催したスプリングスクールという研究体験イベントに参加しました。ブレーザーという天体を知ったのはそのときで、「ブラックホール」と「物質が噴出されて⽣じるジェット」という両極端の性質がある不思議さに惹かれ、元々興味のあった天体観測と合わせてこれを研究テーマにしようと考えました。

■子供の頃から宇宙に強い興味をお持ちだったんですか?

はい、最初に興味を持ったのは小学生の頃です。田舎の地元で夜空を眺めて「宇宙っていいなー」と憧れの気持ちを持ち、将来は宇宙関連のことをしてみたいなと考えていました。

実は、もともと他の大学に入学したのですが、実際に望遠鏡を用いて観測してみたいという想いから、広島大学に編入して今の研究室に所属しました。

■広島大学は宇宙の研究が盛んなんですね。

はい、特に私の研究室は、先⽣⽅の研究分野の幅の広さが特徴です。装置を作る⼈がいれば、望遠鏡で観測する⼈もいる、さらにそのデータの解析⼿法を提案する⼈もいる、といった具合に、とても⾃由度の⾼い環境です。また、東広島天文台には、1.5m光学赤外線望遠鏡「かなた」が設置されています。このサイズの望遠鏡を保有しつつ大学院生の研究にも多くの観測時間を割き、また学生自身の手で観測ができる珍しい環境だと思います。

■天文学などの基礎科学分野はすぐに何かの役に立つわけではないので、他の応用科学と比べて一般の方に研究の意義を理解してもらうことが難しいと思いますが、どのようなアウトリーチ活動が必要と思いますか。

僕たちの研究は「面白い」ということが一番の売りだと思っています。「ブラックホール」や「宇宙の果て」というテーマは、大人だけでなく子どもたちも興味津々で聞いてくれます。

一般の人たちにも研究の面白さをわかりやすく伝えられるようになれたらいいなと思っていますし、こうしたインタビュー記事を通じて、我々の分野の研究内容を紹介していただけることはありがたいです。

今澤さんの観測成果。画像中心の「とかげ座BL」が右下の2019年と比べて (2倍以上) 明るくなった様子が見て取れる。通常は左隣の星 (明るさがほぼ一定の星) の方が明るいが、2021年はとかげ座BLの方が明るくなっている。

海外での研究活動について

■今年スペイン出張に行かれたと伺いましたが、どのようなことをされたのですか?

直径17mのMAGIC(マジック)という巨大なガンマ線望遠鏡が、スペインのラパルマ島にあります。私は、MAGIC望遠鏡を用いた観測・データ収集をするために、5月と9月の2度こちらを訪れました。

■観測データを送ってもらうことも可能だと思いますが、実際にスペインまで行かれたのには何か理由があるのでしょうか?

確かにデータを送ってもらうことはできますが、そのデータはラパルマ島にいるメンバーの誰かが実際にMAGIC望遠鏡を動かして撮影してくれたものです。データを収集するためにはメンバーの誰かが交代でラパルマ島の天文台にいなくてはいけないので、チームのデータ収集に貢献するためにもスペインに向かいました。

■海外出張は今澤さんにとって貴重な経験となりましたか?

はい、実はそれまで海外へ行ったことがなく、初めての海外がこの出張でしたので、渡航する前は大きな不安を抱えていました。現地で先にシフトに入っていた指導教官の先生とバトンタッチをした後は、日本人は自分だけという環境だったんです。 ラパルマ島は、世界でも有数の天体観測の場で、各国から研究者が集まっているので、一緒に生活をしながら自分のシフトを担当しました。もちろん日本語は通じないので必死に英語でコミュニケーションを取りながら進めました。

■英語でのコミュニケーションはうまくいきましたか?

いえ、とても苦労しました。読み書きについてはある程度自信を持っていたんですが、いざ現地に行くと、文法が飛んでしまって全然話すことが出来ませんでした。今年2回ラパルマ島に出張に行きましたが、2度目になっても英語でのコミュニケーションはまだまだ勉強になることばかりだと感じています。この経験から、読み書きだけでなく、話す練習も必要だと感じ、オンラインでの英会話練習に取り組んだり、TEDのプレゼンを聴いたりして、英語に耳を慣らすようにしています。

■シフト以外の時間はどのように過ごされましたか?

私が訪問した時には、イタリア人のメンバーが多かったので、パスタやピザを作って食べたりしました。また、一緒に買い物に行ったり、ビーチに行ったりして、2週間とは思えないほど濃い日々を過ごしました。ドッと疲れましたが、とても良い経験ができました。

■大学院での研究は一人で黙々と行う印象があったんですが、他の研究者との関わりや交友関係が大事なんですね。

間違いなく大事ですね。むしろ研究者だからこそ、コミュニケーション能力が必要だと思います。特に天文学分野では、100人規模の大人数でチームを組んで、役割を分担して研究を進めることもあるので、他の研究者とのコミュニケーションは欠かせません。

世界でも有数の天体観測の場であるラパルマ島のMAGIC望遠鏡(今澤さん撮影)

博士課程後期への進学について】  

■博士課程後期への進学を決めたのは、やはり研究を続けたいという想いが強かったんでしょうか?

そうですね。実は、学部生の頃は、博士課程前期を修了したら就職することを考えていたのですが、博士課程前期1年生の頃にかなた望遠鏡を使った観測を始めた頃から、次々に研究成果が出始めて、研究がとても楽しくなり、博士課程後期への進学を決めました。

■博士課程後期への進学にあたって不安に感じることはありましたか。

やはり金銭面と将来のキャリアパスに対する不安はありました。ただ、リサーチフェローシップに採用されたことで、不安はかなり軽減されました。リサーチフェローに対する授業料免除を実施していただけたことも、とてもありがたかったです。将来に関しても、博士課程後期に進学した先輩たちが就職している様子を見てきたので、今はあまり不安には思っていません。

■博士課程後期進学に対するご家族の反応はいかがでしたか?

親には博士課程前期に進学する際に、「博士課程前期を修了したら就職するのでお願いします」と言っていたので、博士課程後期に進学したいということはすごく言い出しづらかったです。博士課程前期1年生の夏頃、意を決して、親に「博士課程後期に進学したいのでよろしくお願いします」という内容のLINEを送ったんですが、自分も結構長い文章を送ったんですけど、親からはその3倍くらいの長さのメッセージが返ってきて(笑)。 でも、最後まで読んでみると「不安だけど、自分で決めた進路なんだから、それで頑張ればいいよ」と背中を押してくれる言葉だったので、それで進学を決意しました。

■博士課程後期の研究は、博士課程前期の研究とは全然違うものですか?

博士課程後期では研究の目的を自分で決めないといけないことが難しいと思っています。 博士課程前期の頃は、指導教員から具体的な作業を指示いただきながら、徐々に研究の目的を理解していくという順序だったのですが、博士課程後期では指導教員から具体的な指示をいただくことはほとんどなくなったので、自分でしっかりと研究の目的を考えて研究方法を設計する必要があります。

■私の研究室の博士課程前期の先輩も「博士課程後期への進学に興味はあるが、自分で研究テーマや手法を考えられるようになれるのだろうか」と不安がられていました。今澤さんの経験上、そうした能力は博士課程後期に進学する頃には身に付いていましたか?何か趣味はありますか。

いえ、「自分は何がしたいのだろうか」「この研究手法に新規性はあるのだろうか」ということは自分もよく悩みますよ。悩みながらも、他の研究者の論文を読んだり、学会に参加したりしながら、面白そうなテーマやまだ誰もやっていないことを見つけて、目標を固めていっている感じです。周りを見ると、みんな悩んでいるように思います。

博士課程後期の生活について

■毎日のスケジュールについて教えてください。

日によりますが、一晩中観測することもあるので、遅い時は朝6時に帰ったりすることもあります。逆に、何もない日は早めに帰ることもあります。土日にも観測を行うことがありますが、途中散歩してリフレッシュするなど、平日よりは少し気を抜いてやっています。

■研究室の雰囲気はいかがですか?

僕の研究室には、朝型の人から夜型の人までいろんな人がいます。研究室にはぬいぐるみやフィギュアがたくさん置かれたりしていて、とても自由な雰囲気で生活を送っています。研究室での生活はとても楽しいですよ。

■研究活動に行き詰った時やモチベーションが下がったと感じるとき、どのように解消していますか?

一口に研究と言っても、論文を読むことやデータを解析することなど、いろんな作業があるので、一つの作業に飽きたら、また別の作業を行うというようにして、気分を変えながら進めています。どうしても研究を行うのが嫌だなと感じたら、散歩をしたりすることもあります。気持ちの逃げ場所をつくっておくことは重要だと思います。

将来のキャリアパスについて

■将来的にはどのようなキャリアパスを目指していますか?

正直、これは迷っているところです。と言っても、ポジティブな悩みで、⼀つはアカデミックの世界に残り、ブレーザーの新たな発⾒を世に遺していきたいという希望です。特に昨今の観測機器の発展は⽬覚ましいので、それらを用いることでさらに研究を発展させられるのではないかという期待感があります。

その⼀⽅で、今まで社会⼈の先輩⽅と話したり、実験を通じて企業が開発した最先端のモノに触れたりする中で「企業で働く研究者として社会にイノベーションをもたらすというのも⾯⽩い⽣き⽅だよなあ」と考えることがあります。 どちらに進んでも楽しい⼈⽣になると考えていますが、いずれにせよ今できることを全⼒でするのが糧になると思い、今は⽇々研究に打ち込んでいます。今後はインターンシップにも参加しつつ、⾃⾝のキャリアパスを描いていきたいです。

■企業に就職する場合、どのような仕事に就きたいと思いますか?

自分の能力を直接的に社会に還元できるような仕事に魅力を感じます。例えば、自分はプログラミングを組んで作業の効率化を図ることが好きなので、普段の研究で培ったそのスキルをものづくりの分野に活かせる、システムエンジニアなどが考えられます。同じ研究室の博士課程後期を修了された先輩方にもシステムエンジニアになった方がいらっしゃいますし、光学機器という繋がりでカメラの会社に就職したケースもあります。研究で培った能力は、色々な企業で活かすことができると思います。

【後輩へのメッセージ】

■最後に、博士課程後期を目指す学生たちに、何かメッセージをお願いします!

アドバイスとしては、早いうちから自己分析を行うことが大事だと思います。自己分析というと就職活動をしている人がするイメージがあると思いますが、大学での研究においても、大本の動機は「自分のやりたいことや興味のあるものは何なのか」ということに繋がるので、なるべく早くに自分のことを理解するべきだと思います。
また、英語の学習を継続することが大事だと思います。学部生の頃はこまめにTOEICを受験する機会や、単位を取るために英語の勉強をする機会がありましたが、研究室に配属されてからは、英語の勉強をする機会が少なくなりました。英語を使うことにブランクが空いてしまい苦労することがあったので、やはり英語の学習は継続した方が良いと思います。

博士課程に進学するかどうか悩んでいる人には、博士課程に進みたいと思ったらぜひ前向きに検討してほしいと伝えたいです。

【取材者感想】

「同じチームのメンバーに貢献するためにスペインへ出張に行かれたという話を伺い、研究に対してとても責任感を持たれている方だと感じました。取材前は、大学院での研究というと良くも悪くも自己責任というイメージを持っていましたが、実際は多くの研究者がチームを組んで研究を進めているという話を伺い、こうした責任感を持っている方々が研究を発展させるのだと実感しました。今後も益々のご活躍を期待しております。」(工学部第1類1年 川田敦士さん)

「純粋な宇宙科学への興味をエネルギーにして研究に励まれる様子はかっこよく、研究者としての真摯な姿勢に心打たれました。本来の学問への姿勢を見せてくださった今澤さんの、今後のご活躍をお祈りしています。」(理学部物理学科4年・横山貴之さん)

今澤さんの研究室にて(左から川田さん、今澤さん、横山さん)