取材日:2024年2月2日
人間社会科学研究科の程文娟さんにお話を伺いました。
程さんは、令和4年4月に広島大学の人間社会科学研究科博士課程後期に入学し、次世代フェローシップに採択されています。令和4年度に上位フェロー、令和5年度に最上位フェローに選出されています。
今回は、程さんに、博士課程後期で実施している研究や生活の様子など、様々なお話を伺ってきました。(記載の情報は取材時点のものです。)
人文社会科学分野における日本人博士学生の論文出版、投稿論文における言語選択です。 大学の市場化の中、研究者が“publish(出版) or perish(死亡)”の競争に置かれています。また、国際化が進む現在、英語は共通語として学術界でも優位に立っており、国際的な学術コミュニケーションを促進しています。その代わりに、研究者が“publish in English(出版) or perish(死亡)”に直面せざるを得ない状況にいます。このため、非英語母語話者が不利な地位に置かれ、言語習得にかかる時間・費用・労力などを背景に、英語論文出版における言語の格差と不平等が指摘されています。さらに、英語の優位性が非英語圏の国々の知識の周辺化と、西洋諸国のヘゲモニーにも繋がっていると非難されてきました。一方、他の非英語圏国(中国、韓国など)と比べると、日本の場合、特に人文社会分野は英語の論文が少ないです。英語を使った国際的な学術活動に対して消極的な傾向があります。日本の研究者は国際化の中、英語で出版することについてどのように考えているのか、そこに疑問を抱いたことがこの研究テーマにたどり着いたきっかけです。
現在はいろいろな社会科学分野の日本人博士学生にインタビューして、言語選択についてどのように考えているのか、どのように選択しているのか、その選択の要因は何であるのか、をヒアリングしています。研究者の論文における言語選択は、国の政策や大学のシステム、評価制度、雇用条件、本人のアイデンティティなど様々な要因が複雑に絡まっており、非常に難しいテーマです。
博士学生の学術成果の発信を支援するための研究指導やその支援体制の構築に寄与することです。それによって日本の国際的なプレゼンスを高める学術環境の整備に貢献することを目指しています。
博士学生の多くは修了と国内での就職を優先しています。自分で読み書きするのはもちろん、母国語が日本語である相手からのレスポンスも、日本語の方が早く正確であることがまず一つ。また英語を習得するには時間や労力が必要で、さらに経済的に負担がかかる場合もあり、修了のプレッシャーもあるので、日本語を中心とした方が効率が良いからです。さらに、人文社会分野における日本の学術コミュニティは英語の論文より日本語の論文を高く評価する、価値を認める傾向があります。私のインタビュー協力者のほとんどが国内でのキャリアを考えており、日本の学術コミュニティに入るために日本語の論文が不可欠です。日本語と英語両方で論文を書いている人もいるのですが、日本のコミュニティなので優先されるのは日本語の論文・出版物であり、まずは日本語で書いて余裕があれば英語で書く、というケースが多い印象です。博士学生の立場ですと研究以外に割ける時間も限られ、自然と英語での論文執筆が伸び悩むのではないでしょうか。
先行研究とデータから見れば、中国、韓国の研究者は英語で論文出版するプレッシャーを掛けられています。中国と韓国は英語論文を高く評価する学術評価システムを使っており、英語論文が母国語論文よりもポイントを多くもらえます(今は状況が変わっているかもしれません)。そのポイントは評価、昇進や就職に影響してくるので、頑張って英語で書いている人が多いです。
日本は独自のシステムを使っているので、英語で書かないといけないプレッシャーはそれほどないです。それは良いところも悪いところもあると思いますが、このような見える評価システムと見えない評価システム(例えば日本の学術コミュニティからの評価)が言語選択に大きく関わってきます。
元々は留学生のコミュニケーションに関わる研究をしており、英語の先行研究や論文を読んでいたのですが、周囲で同様のことをしている人がいなくて疑問を持ったのがきっかけです。個人的に学術は理論も研究方法も世界共通だと思っていましたし、指導教員も国際的に活躍されている方だったので、なぜみんな世界に目を向けていないのかと。国際的な学術活動にも、国際学会への参加や他国の研究者との交流など様々ありますが、テーマとしてまずは誰もが必ず行っている論文や出版物の言語選択に着目しました。
博士前期課程(お茶の水女子大学)では楽しく研究していましたが、博士課程後期になると求められるレベルが上がり、そこで孤独を感じ始めました。周りの博士学生と研究テーマが違ったり、研究内容について話せる人が少なかったりで、自分がやっていることは大丈夫かと自分を疑う時がよくあります。代わりに、誰もやっていないので、自分でやってみなければいけないという部分で自己責任を強く感じることもあります。
博士課程後期に入る前に博士課程後期についての、特に留学生に関する論文などを読み、「大変そうだな」と分かってはいたのですが、実際は想像以上でした。それと同時に、この研究をしているのは自分だけであり、研究によって何かが明らかになる度に得られる達成感は特別なものです。
人文科学系はどこでも研究ができるので、博士課程後期1年と2年の前半は自宅で研究していました。最近は効率のために大学の図書館を利用しています。研究室も便利なのですが、図書館の集中できる環境が好きで、交流はなくても同様に頑張っている人たちの姿を見たら自分も頑張らないと、という気持ちになります。また、じっくり1人で思考できるのもいいところです。日にもよりますが10時から20時くらいまで研究しています。
問題は解決できるものだと信じているので、ひたすら考えます。私は分析するのが好きで、問題がどこにあるのか、なぜつまずいているのか、先行研究を読んでいないのか、読んでいるけど整理できていないのかなど、その原因を考えます。そうした作業を続けるうちにネガティブな気持ちは消えていくので、一時的にモチベーションが下がったりしても、逃げるのではなく向き合うことを意識しています。
中国の大学では日本語を専攻していました。卒業後、いつか日本に行けたらいいなと思いながら向こうで働いているうちに自分の人生について考え始めて、あらためて日本に行きたいと留学を決意しました。そこで研究計画書を日本の自分がよいと思う大学に送ったところ、お茶の水女子大学の先生から受け入れていただき、留学することができました。その時の先生が今の指導教員なのですが、当時から先生の研究内容には興味を感じていました。
一番重要なのは自分がどんなテーマに関心を持っているかです。研究室や指導教員によって研究の内容は全く違うので、それに合わせて自分の興味のないことをやるのは辛いと思います。また、指導教員との相性も大事で、例えば「将来は先生の様な研究者になりたい」と思える教員に出会えたなら理想的だと思います。博士課程後期は学術面だけでなく、人生における成長という部分でも重要な時期ですので、自分に合ったゼミに出会うことは大切です。
博士前期課程の研究は楽しかったのですが、当時どういう研究テーマがあるのか広くはわかっていなくて、選んだテーマは結果的には自分が本当にやりたいものとは違っていました。そこで次は自分が本当に望む研究がしたいという気持ちが強くなり、それまでの経験を活かして進学してもいいんじゃないかと思い始めました。
経済的な部分が一番不安でした。修了できるかどうかも少し考えましたが、それは自分の努力次第です。経済的な面を除けば、博士課程後期で自分の好きな研究をできる楽しみの方が大きかったです。
先ほども言った様に、博士課程後期の厳しさを覚悟してはいましたが、身をもって経験すると「こういうことだったのか」と改めて感じました。
それから将来に目を向けると、就職についてのプレッシャーもあります。進学する前は博士号があれば就職は心配いらないはずだと考えていましたが、今は博士学生の数も多く、特に人文科学系は大学内でのキャリアパスになるので競争が激しいです。研究者を目指すにしても、博士号を取っても必ずしも自分の好きな研究ができるわけではないと最近気がつきました。
今は研究者を目指して頑張っています。好きな研究ができ、自分が目指す研究者になれるようなポジションがあればいいなと思っています。
やはり博士課程後期に進学するのには、経済面での不安は大きいです。次世代フェローシップ制度で経済面の心配をせずに、研究に集中できるのは本当に助かります。 また、次世代フェローシップ制度は生活費相当額だけでなく、研究費の支援があるのがすごくありがたいです。例えば研究費を使って国際学会に行ったりして研究のネットワークを広げることができます。それに、セミナーの開催など金銭面以外のサポートがあるのもよいところだと思います。
研究者としては言語、特に英語は重要ですが、博士課程後期を目指す人の中には英語に自信がない人も多いと聞くので、英語必須のプログラムを作って実施するのもいいかもしれません。言語というのは使う目的や機会がなければなかなか上達しませんので、学ぶ環境、使う環境を用意するということです。
学部生のころは真面目ではあったのですが、5年後10年後にどんな人になりたいかはあまり考えていませんでした。なので、もしそのときの自分に会えたらもうちょっとは将来のことを考えた方がいい、勉強だけじゃなくて視野を広げていろいろ考えた方がいいかもしれない、と伝えたいです。
おすすめします。可能ならやった方がいいです。正直にいうと留学は大変なことです。大体20代から30代の間に、全く知らない国に行って生活、勉強するのは当然大変です。しかし、新しい環境の中だからこそ、新しい自分が生まれる、または作れると思うんです。できればそういう環境を作って、異なる言語、文化、価値観と深く関わり、自分自身を更新していく、そして新しい自分に出会ったらと思います。勉強のことはもちろん、留学は人生にも深く影響を与えます。このことは、留学の効果について書かれた本でもよく言及されています。
まずは本当に研究が好きかどうかをあらためて考えてみてください。次は孤独さ、大変さに耐えられる覚悟があるかも大事です。この2つがクリアできれば、進路として考えてみてもいいかもしれません。博士号に対する憧れを持つ人は多いですが、大切な時間を研究に費やすことを本当に自身が望んでいるか。博士課程後期、大変ですよ。でも面白いです。
「非英語圏の学生が研究において使用する言語をそれぞれの文化的な背景から説明して頂き、素人ながらとても興味深い内容でした。また、国際的に活躍する研究者を目指し、日々研究に取り組まれている姿に憧れます。今後も、様々な場面でのご活躍を応援しております。」(先進理工系科学研究科 応用化学プログラム 博士課程前期1年・松原正真さん)
「真面目で誠実な研究者、という印象を受けました。特に、研究活動に対する姿勢や、ご専門の高等教育に関するお考えが、ご自身の中ではっきりと確立されており、程さんの芯の強さに感服しました。今後のご活躍をお祈りします。(程さんから、刀削麺という中国料理が美味しいというお話を聞いたので、今度食べてみます。)」(先進理工系科学研究科 量子物質科学プログラム 博士課程前期1年・横山貴之さん)