大学院医系科学研究科 吉川 慧さん

取材日:2024年2月27日

医系科学研究科の吉川慧さんにお話を伺いました。

吉川さんは、令和3年4月に広島大学の医系科学研究科博士課程に入学し、次世代フェローシップに採択されています。令和3年度~令和5年度にいずれも最上位フェローに選出されています。
今回は、吉川さんに、博士課程で実施している研究や生活の様子など、様々なお話を伺ってきました。(記載の情報は取材時点のものです。)

【博士課程の研究内容について】

■吉川さんの研究内容について教えてください!

研究テーマの軸にあるのは「生活の中のどのような因子が、どのように私たちの身体に影響するのか、また私たちはなぜその因子に反応するのか」という問いです。
様々な病気は遺伝要因と環境要因の組み合わせで起こります。興味深いのはこの2つの要因が完全に分けられるものではないという点で、ある環境の変化が遺伝的な特徴を調節したり、遺伝要因が環境変化への感受性を決めたりします。こうした関係を「Gene-Environment Interaction」と言い、その代表的な研究対象の一つがセロトニントランスポーターというタンパク質です。私は腸にあるセロトニントランスポーターがどのような環境因子の影響を受けるのか研究しつつ、このタンパク質が持つ生物学的な意味を考察しています。同様に、今度は環境因子としてのコーヒーに焦点を当て、それが腸に与える影響についても研究を進めているところです。この2つのテーマはそれぞれ独立していますが、根幹では繋がっているものとなります。というのも、セロトニントランスポーターとそれをコードしている遺伝子の関係は長い間研究されており、遺伝要因の一つとしてセロトニントランスポーターを、環境要因としてコーヒーを取り上げているという流れです。

■このテーマを選ばれた背景を教えてください。

私は広島大学医学部医学科のMD-PhDコースに所属しています。このコースは医学部医学科の4年次が終了した時点で学部を休学して大学院に進学、大学院を修了した後に学部5年生に復学するというものです。すなわち、学部に入学した時点で将来研究に打ち込む期間があるということが分かっていますので、学部生の頃から色々と研究テーマについては模索していました。医学部の講義では病気における遺伝要因と環境要因について必ず学ぶのですが、ほとんどの病気はその両者の複合によって起こるわけです。であれば、環境要因を一つ特定してそれを防げば病気を防ぐことに繋がるので、それは意義深いと感じていました。その後、学部4年次の研究実習で熊本大学に派遣された時にセロトニントランスポーターと出会い、MD-PhDコースの研究テーマとして提案することにしました。

■コーヒーを取り上げたきっかけは何かありますか?

そもそもコーヒーに関しては、臨床報告が豊富です。コーヒーを飲んだ人にどういう反応があったかという、人を対象とした先行研究が多くて非常に参考になります。ですので、そこからスタートし、最初はカフェインに注目して研究を進めていました。ところがカフェインでは予測した通りの結果が出ない。そこでコーヒーを使ってみると反応があったので、カフェインからコーヒーへと視野を広げました。

■研究の面白さ、苦労について教えてください。

先ほどのカフェインとコーヒーの話もそうですが、予想していないことが起きた時が一番面白く感じます。例え悪い結果が出たとしても、それは仮説が間違っているか、実験のやり方が間違っているかの2択ですので、それを突き詰めて原因を探り、改善していくのも楽しさです。
苦労という面では準備が大変です。例えば細胞を適切に培養するためのノウハウは論文にもあまり書かれていなくて、自分で工夫する必要があります。今進めているコーヒーについても、豆の専門店に行って交渉したり海外から個人輸入したりと実は入手に手間がかかっています。ただ、研究自体が苦しいと思うことはありません。研究生活でいちばんつらいのは、学会の準備や報告書の作成などが重なってとても忙しくなった時で、忙しい時に限ってなぜかパソコンの調子が悪くなったりする(苦笑)、これが苦しい。研究の苦しさってこういうことで、研究自体が苦しいのであれば、研究室には来ていません。これは大事なことだと思います。逆に言えば、それが苦しくないだろうなという自信というか直感があったから研究のコースを選んだというのもあります。

 

 研究室で研究に取り組まれている様子

 

【未来博士3分間コンペティション2023について】

■吉川さんは11月11日に東広島芸術文化ホールくららで開催された「未来博士3分間コンペティション2023」に出場し、日本語部門の最優秀賞を受賞されたと伺いました。おめでとうございます!出場のきっかけ、感想などをお聞かせください。

出場のきっかけは、ポスターです。研究棟の掲示板に貼られているポスターを毎年見ていて、楽しそうだなと思っていました。自分の研究の話をするのは楽しいですし、医学系なので自身の研究の基礎となった情報(コーヒーが腸の蠕動運動を誘発することや術後イレウスの治療法として臨床試験が行われていることなど)を多くの人に知ってもらいたいと思い、参加を決めました。
やるからにはちゃんとYouTubeで公開されるところまで残らないと私の目的が達成できませんので、審査基準も意識しながら、聴衆の興味を惹き、強く印象付けることを主眼においてスライドや台本を準備し、直前まで細かい修正を繰り返して発表に臨みました。
いちばん大きな収穫は、会場や大会終了後の交流会などで、出場者同士で研究への思いを語り合ったりして、他分野の研究について知る機会が持てたことです。これはとても良い刺激になりました。

 

 未来博士3分間コンペティションでスピーチする吉川さん

★未来博士3分間コンペティション2023

日本国内の大学に在籍する全ての博士課程後期学生を対象とする、1枚のスライド、持ち時間3分で自身の研究のビジョンと魅力をわかりやすく語り、そのスピーチ力(研究コミュニケーション能力)を競うイベント。これまで9回開催しており、第6回から全国大会となっている。
厳正な動画審査を経てファイナリストに選抜された20名の博士課程後期学生(日本語部門:10名、英語部門:10名)が、大勢の一般オーディエンスの前でスピーチを実施する。
未来博士3分間コンペティション2023開催報告 https://www.3mt.hiroshima-u.ac.jp/2023/

 

【博士課程の生活について】

■研究室での様子について教えてください。

研究室のメンバーの中には医師の方もいるので、みんなが一斉に揃うのは金曜日のミーティングがベースとなります。そこでは論文紹介や研究の進捗報告、学会前の予備発表などを行います。
私自身の研究スタイルは、とりあえず思いついたことを全て試すというものです。そして結果を他の大学院生や指導教員に報告し、次に考えている実験について相談するという流れです。うまく行かなかいこと、仮説が間違っていることは分かっていれば分かっているだけよいので、実験をしながら考え、また実験をして、ということを繰り返しています。実験で必要な器具が手元にない場合は、自作することもあります。

 

【博士課程への進学について】

■MD-PhDコースに進んだ経緯を教えてください。

研究コースがあったからというのが大きな志望理由です。中学生の頃にYouTubeなどで理系の動画を観て、電子工作が楽しそう、研究者ってかっこいいと漠然と憧れていて。そして高校生の時には母校がスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されていましたので、3人1組のチームで物理学の研究をしていました。日本物理学会のJr.セッションでポスター発表したこともあります。医学部を選んだ理由は「ここが自分に向いているかもしれない」と直感的に感じたというのが正直なところです。もちろん、医学研究をしたいという気持ちは強くありました。自分が興味のある分野を納得できるまで深く探求すること、それができる環境というのが欲しかったので。

■MD-PhDコースについて、不安はありましたか?

入学当初までは不安はなく、思う存分研究できる喜びの方が勝っていました。ただ、同級生が学部の5年生になり臨床実習に進む中で、自分だけが休学して大学院に進学する時には寂しさを感じました。さらに、私が大学院の2年から3年に上がる時にはもう同級生は卒業するわけです。当時は臨床の重要さが分かってきた頃で、仲間たちが医師となり、臨床の現場に出て様々なことを知っていくんだと思うと寂しさと同時に羨ましさも感じました。自分も早く臨床で課題を見つけて研究したいという羨ましさです。

■MD-PhDコース進学は高校生での決断ですが、周囲の反応はいかがでしたか?

少し特殊なコースではあるのですが、やはり家族の支えは必要なので、理解してもらえてありがたかったです。私の場合は高校や大学の同期からも、MD-PhDで頑張るんだと言ったら応援してもらえました。そこで元気付けられたし、実際に家族から支援してもらうことができて良かったです。

 

【将来のキャリアパスについて】

■将来の目標、キャリアパスについて教えてください。

やはり臨床に出て、医師として研鑽を積みたいです。医学の勉強を臨床の場でしたいなと思います。これは卒業後に限った話ではなく、これから復学する医学部の5年生・6年生でも病院実習があるので、その場でこの3年間できなかった勉強をたくさんしたいです。まずはちゃんと医師になりたいと思っています。
その上で、将来的には「良い研究」をしたいと思います。これは私の尊敬する先生や大学院生がよく使う言葉ですが、自分なりの解釈だと「自分が納得できる研究」です。自分が立てた仮説を全て検証した上で結論が導け、実験の手法や方法についても自分が納得いく形で進められたこと、が条件となるでしょう。また、MD-PhDコースのパンフレットには、将来の進路に「研究マインドを持って臨床研修にのぞむ」とあります。研究マインドという言葉は、博士課程で備わる能力をよく言い表していると感じていて、この研究マインドも今身について完成、というようなものでもないと思います。先輩や先生方、もしくは優れた先行研究の鋭い着眼点、指摘や考察を見ると、自分との歴然とした差を痛感することが多いです。自身の研究マインドをいかに育てられるかがキャリアパスにおける課題だと思っています。

 

【次世代フェローシップについて】

■次世代フェローシップ制度について、どう思いますか?

私は次世代フェローシップの第1期目で、当時は今と比べ申請書も比較的自由に書けたのですが、申請書を書くということが初めてだったのもあってそれが逆に難しく、教室にあった科研費の本などを参考に試行錯誤しながら準備しました。正直、この制度なしでは私のテーマをここまで探求できる態勢は整わなかっただろうと思うくらい、経済的に助かっています。研究テーマや実験の提案も,研究費と心の余裕があったからこそ自由にできました。
また、これは助かったなというのは、100人論文のイベントです。他の博士課程学生がどのような研究をしているか知ることができる貴重な機会でした。博士課程を修了したら、他の分野の研究者と交流する機会はなかなかないと思うので、あのイベントは今後も続けて欲しいですし、できることなら私も覗きに行きたいくらいです。

 

【後輩へのメッセージ】

■最後に、博士課程を目指す学生たちにメッセージをお願いします!

「曲がり角を曲がった先に何があるか分からない。でもきっと一番よいものに違いない」。これは赤毛のアンに出てくる、私の大好きな名言です。皆さんが選んだ道がどういったものかは分かりませんが、きっと進んだ先に最善のものがあると思うので迷わず進んでください。

 

【取材者感想】

「とても気さくな方で、楽しくインタビューをさせて頂きました。特に研究に対して、熱心でありながらも冷静に取り組まれており、聡明な印象を受けました。インタビュー後も、コーヒーの実験を実演頂き、興味の広がる素敵な研究をされていると感じました。来年度から医学部に復学されるということで、お医者さんを目指される吉川さんを応援致します。」(先進理工系科学研究科 量子物質科学プログラム 博士課程前期1年・横山貴之さん)

 左から指導教員の酒井先生、吉川さん、横山さん