取材日:2023年1月30日
人間社会科学研究科の横山優斗さんにお話を伺いました。
横山さんは、令和4年4月に広島大学の人間社会科学研究科博士課程後期に進学し、次世代フェローシップに採択されています。また、令和4年度の最上位フェローにも選出されています。
今回は、横山さんに、博士課程後期で実施している研究や生活の様子など、様々なお話を伺ってきました。(記載の情報は取材時点のものです。)
日本の刑事裁判では、DNA型鑑定のような「科学的証拠」が日々用いられています。科学的証拠は、客観的で確固たるものに見えるために、強い説得力を持っています。しかしそれゆえに非専門家はそのまま鵜呑みにしてしまい、時として科学的証拠を原因とする誤判が生まれる危険性があります。
そこで、私は、科学的証拠を裁判で適切に使用するためにはどのような基準を満たさなければいけないのか、を研究しています。アメリカとドイツ、日本を比較対象として、あるべき基準の定立を目指しています。
今年度は主にアメリカにおける科学的証拠の証拠能力について、日本との比較研究をしました。その成果をまとめたものを、Academy of Criminal Justice Sciencesという大きな国際学会の年次大会(2023年3月14-18日)で報告することになりました。報告のテーマは「The Admissibility of Forensic Evidence in Japan(日本における科学的証拠の許容性)」です。
私は、修士課程までは早稲田大学で学んでいたのですが、その頃に外国の文献を読んでいると、「AIの著しい発展によって刑事司法制度が大きな影響を受けており、これからは証拠法の分野でもAIが問題となるだろう」という記述がありました。
そこで興味を持ってAIの証拠能力について調べてみたところ、どうやら日本ではそのような議論があまり活発になされていないようでした。一方で、アメリカでは、AIの証拠能力は科学的証拠の議論枠組みを用いて検討されているということが分かりました。
そこで、AIのような最先端の技術に対応できる証拠法理論を構築するためには、科学的証拠の基礎理論的な問題から掘り起こさなければならないと感じ、このテーマを選ぶに至りました。
日本の裁判所はとても保守的な組織で、新しい技術の導入にすごく時間がかかるんです。たとえば、未だにFAXを日常的に使っています。もちろんFAXを利用する実際上の理由はあるのですが、このように裁判実務の進化が進んでいないことが、理論の進展が遅れている要因のひとつになっているのだと思います。
ここ数年で、刑事裁判をIT化しようという動きが活発になりつつありますが、AIを裁判に導入することまではまだ当分検討される気配がありません。一方で、アメリカでは裁判へのAIの導入について研究が進んできているので、私はそれを参考にしています。
自身の研究対象ですので、DNAとはどういうものか、鑑定にあたってはどういう仕組みで分析がなされ、どういう結果が出てくるのかということは当然知っておかなければいけませんが、DNA情報に関する最先端の研究に関する知識のような、生物学の深い知識まで備えているわけではありません。
「刑事裁判において科学的証拠をどう取扱うべきか」という検討に必要となる範囲で、専門的知識を勉強しています。
刑事裁判のあり方は国によって異なりますが、大きく分けて、職権主義と当事者主義の2つのかたちがあります。
職権主義は、ドイツやフランスなどで採用されている、裁判所が刑事訴訟の主体として主導権を持って進行する裁判のあり方です。この立場では、真実を発見することが裁判所の役割として重要視されています。他方で、アメリカやイギリスなどで採用されている当事者主義においては、刑事訴訟の主体は当事者です。そこでは、当事者がそれぞれの立場から主張・立証を行い、裁判所は中立的な立場からその当否を判断します。
日本の刑事裁判は、第二次世界大戦前はドイツにならって職権主義を採用していましたが、戦後に、アメリカに学んで当事者主義的な訴訟制度を採用しました。ただ現在も、裁判官が広汎な裁量を有している点で職権主義的な要素がまだ残っているとされています。
そこで私は、戦前の制度の母法であるドイツ法と、戦後の制度の母法であるアメリカ法を選んで研究の対象としています。
まず研究テーマに関する論文やその引用文献を網羅的に読み込んで、日本の議論を把握します。それと並行して、海外の法律や議論についても調査し、日本法と比較しながら、日本への応用可能性について分析します。実務に影響を与えることも目指していますので、海外も含めた実際の裁判例を分析することも必要です。このようなことを行い、学説や法制度に照らしながら理論を構築していきます。実験を行うことはないため、机での研究が中心です。
できるだけ区切りをつけて集中して研究を行いたいので、家では刑事訴訟法の本・論文ではなく、ドイツ語やフランス語のテキストや、歴史学、哲学など興味のある他分野の本・論文を読んで勉強することが多いですね。
法学者は、基本的に行政機関や裁判所に直接提案することはせず、代わりに実務家も読むような雑誌に論文を投稿して、そこで主張を行うんですね。そうした論文を実務家が読んだうえで、実務に採用されたりされなかったりしています。刑事訴訟法学は理論と実務が乖離していると言われることがありますが、たしかにそれはアプローチの問題もあるのかもしれません。
私の研究室は、留学生が多く国際色豊かで、とてもオープンです。週に1回ゼミがあり、そこで各々研究の進捗などを発表します。
スケジュールは日によって変わりますが、通常は朝8時には研究室に行き、頭が冴えている午前中に外国語の文献を読みます。午後からは、論文の執筆や日本語の文献を読むなどして過ごしています。17時からは法学部資料室のアルバイトをして、20時頃に帰宅する生活をしています。
早稲田大学で私を指導してくださっていた先生が定年を迎えられて退職されることになりましたので、博士課程後期で受け入れてくれる先生を探していたんです。私は、国際的に活躍できる研究者を目指しているのですが、現在の指導教員が国外でも積極的に活躍されていることを知りました。そこで、アポイントメントを取ってオンラインで面談させていただいたところ、相性もよさそうだと感じたため、広島大学の博士課程後期への入学を決めました。
他の分野のことは分かりませんが、法学ではかなり重要だと思います。
博士論文を書き上げるには、指導教員と議論を交わしたり、アドバイスをいただいたりしながら、研究を進めていく必要があります。もちろん研究の主体は自分なのですが、自分の考えだけで間違った方向に突っ走ってしまっては、博士論文は完成しませんので、指導教員との密なコミュニケーションは欠かせません。その意味で、指導教員と良好な関係を築けるかどうかは重要です。
刑事訴訟法は、研究者が足りないとよく言われる分野です。特に、証拠法分野はまだ理論的な検討がなされていない部分が多く残っているように思います。そうした中で、自身が新たな議論を開拓できることが面白そうだと感じ、博士課程後期に進学したいと考えるようになりました。
経済的な不安や、博士号取得ができるかどうかの不安、博士号取得後のキャリアなど、不安要素は様々ありました。
しかし、次世代フェローシップに採択していただき、経済的な不安が解消されたことで研究に集中できていることにとても感謝しています。また、研究費や研究専念支援金の支援だけでなく、いろいろなセミナーや共同研究費の支援などを企画してくれることもありがたく感じています。
次世代フェローシップの支援の一環で開催された英語プレゼンテーションセミナーに参加しました。様々な分野の学生が、それぞれの研究テーマについて英語で発表し、どうしたらよりわかりやすいプレゼンテーションになるか、感想をフィードバックし合う内容です。それぞれの学生によって、いろいろな説明の仕方やプレゼンテーションの方法があり、非常にためになりました。 これから国際学会など英語でプレゼンテーションを行う機会もあるので、とても役に立つ機会でした。
法学にはいろんなアプローチがあって、自分が採用しているものとは全く違ったアプローチを参考にしながら理論に修正をかけていくということができるので、行き詰まった時は別のアプローチから検討してみますね。行き詰まってもとにかく研究を進めることで、突破口が見えてくると考えています。
研究に対するモチベーションが下がったと感じる時は、自然の多い場所に出かけたり、家で飼っている猫と戯れるなどして、気持ちをリフレッシュさせています。
また、日ごろから指導教員や同輩の院生、早稲田大学時代の先輩などと密にコミュニケーションを取ることを心がけて、研究のモチベーションを絶やさないよう、仮にモチベーションが下がっても復活させるようにしています。
博士課程後期修了後は、大学教員になって研究・教育に従事したいと考えています。
ただ私は、日本国内に引きこもるのではなく、広く国際的に活動する研究者を目指しています。 そのためには、海外でポスドクを経験してから日本で大学教員になるのも良いかもしれないと、目下検討中です。
幅広い関心を持っていろんな本を読むことを勧めたいですね。刑事法に関わらず、憲法や哲学、人類学、歴史学など、いろいろな分野に触れることの面白さを知ったのが修士課程2年生の時期だったので、時間の余裕がある時期にもっと読んでおけばよかったなと思います。実は、こうした他分野の議論が、刑事訴訟法の研究を進めるうえですごく参考になることがあるんです。視野を広げておくことは大事だなとつくづく感じます。
博士課程後期に進学するには、色々な不安要素があると思います。しかし、少なくとも経済面に関しては、現在は様々な支援が立ち上がっているので、それらを獲得することさえできれば、不安は解消されるかもしれません。
これに関して1点アドバイスするとしたら、フェローシップや日本学術振興会特別研究員に採用されるためには、自身の研究の意義をしっかりとアピールすることがとても重要だと思います。
私は次世代フェローシップ、特別研究員、民間財団にそれぞれ採用されましたが、申請書を作成する際には、広島大学の先生だけでなく、早稲田大学の先生も含めた色々な方に申請書を読んでいただき、アドバイスを頂きながら、どうすれば自身の研究の意義が十分に伝わるかを何度も推敲しました。他人から見て自身の研究がどう見えるかということをしっかり意識して、こうした支援制度にぜひトライしていただければと思います。
「科学的証拠こそ慎重に扱う必要があるなど、素人ながらとても興味深い内容でした。また、国際的に活躍する研究者を目指し、積極的に自身の研究だけでなく他分野でも活動されている姿に憧れます。今後も、様々な場面でのご活躍を応援しております。」(工学部第三類4年・松原正真さん)