大学院医系科学研究科 徳永 希さん

取材日:2023年1月13日

医系科学研究科の徳永希さんにお話を伺いました。
徳永さんは、令和4年4月に広島大学の医系科学研究科博士課程後期に進学し、次世代フェローシップに採択されています。また、令和4年度の上位フェローにも選出されています。
今回は、徳永さんに、博士課程後期で実施している研究や生活の様子など、様々なお話を伺ってきました。(記載の情報は取材時点のものです。)

【博士課程後期の研究内容について】

■徳永さんの研究内容について教えてください!

私は、うつ病の患者さんが治療薬を選択する際の指標となるバイオマーカーの確立を目指しており、Cx43(コネキシン43)という脳内のタンパク質を研究しています。
私の所属している研究室では、もともと痛みとCx43の関連について研究しており、慢性疼痛とうつ病を併発している患者さんが多いことからうつ病とCx43の関連に着目しました。当初は、Cx43の発現量が減少するほどうつ病の重症度が上がるという仮説を立てていましたが、実験の結果、両者の関連はみられませんでした。一方で、Cx43の発現量が減少するほど抗うつ薬の治療効果が高くなるといった関連がみられました。その結果から、Cx43をうつ病治療のバイオマーカーとして臨床現場で応用できるのではないかと考えました。
現在は、脳内に発現するCx43を簡便に測定できる手法を探索しています。たとえば画像診断や採血、採尿など、患者さんの身体に負担がかからない方法でCx43を反映している物質を採取できないかと考えています。

■うつ病のバイオマーカーについて研究することにしたきっかけはなんですか。

現状うつ病の治療に用いられている抗うつ薬は、効果を示さない患者さんが約3分の1も存在するという問題点があります。また、抗うつ薬が効く患者さんも、どのタイプの抗うつ薬が効くかが分からないので、適した抗うつ薬が分かるまで何度も抗うつ薬を変更することを強いられています。抗うつ薬を投与してから効果が出るまでには数週間から数カ月の期間がかかってしまうため、様々な抗うつ薬を試している間に症状が悪化してしまう恐れもあります。このような背景から、患者さんに合う抗うつ薬の判断基準を作ることがうつ病の治療に求められていると考え、うつ病のバイオマーカーの研究を始めました。
また、うつ病は患者本人の気持ちの問題だ、という誤った捉え方をしている人もいます。うつ病の治療には周囲の理解や助けが必要ですので、私たち研究者が科学的に立証していくことで、そのような誤解を解きたいと思っています。

 

 

徳永さんが研究を行う様子

【未来博士3分間コンペティション2022について】

■徳永さんは11月23日に東広島キャンパスで開催された「未来博士3分間コンペティション2022」に出場し、コニカミノルタ動画賞、中外テクノス動画賞を受賞されたと伺いました。誠におめでとうございます!受賞したときの感想をお聞かせください。

正直びっくりしました(笑)。自分の名前を呼ばれたときは驚きましたが、周囲の方々からお祝いの言葉をかけていただくうちにだんだん実感が湧いてきました。自分の研究が認められたという気持ちになりすごく嬉しかったですし、今後の研究のモチベーションも上がりました。

■未来博士3分間コンペティションに参加したきっかけはなんですか。

イベントの開催告知を見て、面白そうだなと思ったのがきっかけです。これまで研究室内や学会での発表は経験がありましたが、自分の研究分野をまったく知らない人々に対して発表する機会は今までになかったので、ぜひ挑戦してみたいと思いました。また、私は将来、企業への就職を考えているので、自分の研究を専門としていない方たちに対して発表することは、就職活動に向けての良い機会にもなると思って応募しました。

■発表の準備で大変だった点はありますか。

専門用語などの事前知識を有していない方のためにわかりやすく説明をしつつ、たった3分間で研究内容を発表するというのが非常に難しかったです。これまで学会発表は何度か行ったことがあったのですが、まったく専門でない人に自分の研究を説明するのは初めてだったため、言葉一つ一つにとても悩みました。そこで、薬学とは全く関係のない分野で働いている姉に協力をお願いして、非専門家の目線で、説明やスライドのどの部分が分かりにくいか意見をもらいました。 実際に、姉から「スライドの図の内容が理解しづらい」というアドバイスをもらい、修正して本番に臨みました。

■今回の結果を踏まえて、今後挑戦してみたいことはありますか。

未来博士3分間コンペティションは、来年も開催されるのであればぜひまた挑戦してみたいと考えています。大会終了後に、他のファイナリストや協賛企業の方々との交流会が開催され、自分の研究分野以外の方と交流する楽しさを感じました。そういった交流の機会も大事にしていきたいと考えています。

 

 

未来博士3分間コンペティションでスピーチをする徳永さん

 

徳永さんが実際に用いたプレゼンテーション資料

★未来博士3分間コンペティション2022

日本国内の大学に在籍する全ての博士課程後期学生を対象とし、1枚のスライド、持ち時間3分で自身の研究のビジョンと魅力をわかりやすく語り、そのスピーチ力(研究コミュニケーション能力)を競うイベント。これまで8回開催しており、第6回から全国大会となっている。 2022年度大会では、厳正な動画審査を経てファイナリストに選抜された20名の博士課程後期学生(日本語部門:10名、英語部門:10名)が、大勢の一般オーディエンスの前でスピーチを行った。
>> 未来博士3分間コンペティション2022開催報告

【博士課程後期への進学について】

■もともと広島大学に入学した経緯を教えてください。

小学校3・4年生の時に中耳炎になり通院していたことがきっかけで、薬剤師に憧れを抱くようになりました。学校での授業の中でも特に化学が好きで、一つの化学式として表すことができる物質が人の病気を治せることがすごいなとも思っていました。高校に入っても薬剤師になりたいという気持ちは続いていたので、薬学部を目指しました。出身は長崎県なのですが、身の周りのことは自分でしたかったので、一人暮らしができる県外の国立大学がいいなと思いました。そのなかでも医療系の学部が一つのキャンパスに集まっていて連携がとれている大学がよかったので、広島大学を選びました。

■博士課程後期に進学を決めたのはなぜですか?

博士課程前期で行っていた研究を続けたいと考えたからです。私は学部3年生の頃から研究室に所属して、細胞を使った研究を実際の臨床に応用することを目指して研究してきました。臨床への応用には高いハードルがあり簡単なことではないのですが、教員や研究室の学生と議論しながらトライしていくことが面白く、研究を続けたい気持ちが強くなりました。博士課程前期まででは、研究期間が全然足りないと思ったんです。

■博士課程後期に進学することに不安はありましたか?

就職先が決まっていく同期の話を聞くうちに、自身の将来に不安を感じたことはありました。その時には指導教員に相談したのですが、指導教員から「楽しければいいんじゃないの」と気楽な感じで声をかけていただき、ふっと気持ちが軽くなりました。どの進路を選んでも将来に不安はあると思うので、進学すること自体には迷いはなかったです。

■指導教員の先生の言葉が進学の後押しになったんですね。

そうですね。指導教員の先生には学部生の頃から論文の読み方などを丁寧に教えていただき、私の研究者としての基盤を作っていただきました。博士課程を通じて私も少しずつ研究力をつけることができ、指導教員と研究のディスカッションができることがとても楽しいし幸せなことだなと感じています。

■博士課程後期に進学する前と後で何か変わったことはありますか?

後輩の学生が私に向ける目が変わってきたかなと思います。特に、博士課程後期に進学してから出会った後輩からは、「博士課程後期の先輩だ」とどこか一線を引いて見られるようになったように感じます。私がこれまでに見てきた博士課程後期の先輩たちはとても優秀な方ばかりでしたので、そういった先輩方と同じようなパフォーマンスができている自信はないのですが、私自身も後輩の模範になれるよう努めないといけないなと感じています。

【博士課程後期の生活について】

■毎日のスケジュールについて教えてください。

毎日大体10時頃に研究室に来て実験を行っています。日によりますが、だいたい17時頃には終わるように実験の予定を組んでいます。実験が終わったあとは、実験データを解析したり、論文を読んだり、国家試験の勉強をしています。研究室のメンバーと雑談や議論することもあり、時間はあっという間に過ぎるので、帰宅するのは24時くらいです。

■1日のほとんどを研究室で過ごしているんですね。土日はどのように過ごしているんですか?

基本的に土日には実験は行いませんが、予定がない時には研究室で自身の研究分野や国家試験の勉強をすることが多いです。ただ、ずっと平日と同じスケジュールだと気が詰まってしまうので、カフェでモーニングを食べてから研究室に来るなど、特別感を出して休日を感じるようにしています。

■研究に行き詰まった時やモチベーションが下がったと感じるとき、どのように解消していますか?

研究に行き詰まっているときは、実験結果の解釈や今後の研究計画に悩んでいるときが多いので、一度俯瞰的に物事を見つめ直すことや、研究を始めた時の視点に立ち返ることを意識して、解決策を探すようにしています。
モチベーションが下がった時は、研究のことはいったん忘れて、普段は作らないような凝った料理を作ったり、一人カラオケをしたりしてリフレッシュしています。

■逆に、研究をしていて楽しさを感じたり、テンションが上がったりするのはどんなときですか?

予測通りの実験結果が出た時はやはり嬉しいですし、こういう風にすれば臨床に使えるのではないかと考えることが楽しいです。逆に、実験がうまくいかなかった場合でも、次はどんな風にすればいいだろうと考えを巡らせることは楽しいです。
また、学会や先日の3分間コンペティションなどで表彰していただけたときも嬉しいですし、自身の研究が認められていると感じることができるのでモチベーションが上がります。

【将来のキャリアパスについて】

■徳永さんの目指す将来のキャリアパスについて教えてください。

私は将来、製薬業界にかかわり、すべての人が薬を正しく使うことができるように臨床と研究をつなげる橋渡しをしたいと考えています。
2006年度から薬学部は薬剤師を養成する6年制と研究者を養成する4年制の2つに分けられました。その結果、薬剤師国家資格を持った博士号取得者が激減しています。つまり、研究経験がある薬剤師が減っているのです。薬学における研究は、患者さんに還元してこそ成り立つものであるので、私はこの現状を非常に危惧しています。
私は今後、博士号と併せて薬剤師国家資格も取得したいと考えています。そのため、臨床のニーズがわかる研究者および研究マインドのある薬剤師として、研究を患者さんに還元することに尽力したいです。具体的には、製薬会社で市販後の薬の効果や副作用を追跡するお仕事があり、そこに従事したいと考えています。中でも、医師や様々な研究者と専門的な議論をしながら、薬をよりよいものにしていくお仕事があり、非常に興味を持っています。薬の専門家である薬剤師として、かつ研究者として専門的な知見から薬に携わることができれば、患者さんに対して研究を還元できることにつながるのではないかと思っています。

■とても明確なビジョンをお持ちなんですね。将来に向けてどのようなことをされていますか?

薬剤師になるため、まずは国家試験の勉強をしています。また、研究力が重視されるので、日々の研究も進めています。英語の能力も必要ですし、製薬会社の情報収集も行っています。やることはとても多いのですが、それぞれに費やす時間を決めて、ひとつずつ進めています。

【後輩へのメッセージ】

■最後に、博士課程後期を目指す学生たちにメッセージをお願いします!

正直に言って、博士号を取るというのはとても大変なことだと思いますし、生半可な気持ちで成し遂げられることではないと思います。私も今、博士号という目標に向かって努力していますが、その道のりは険しいですし、時にはつまずくことや、投げ出したくなることもあります。
でも、そうやって自身の成し遂げたいことに向かって全力でチャレンジできている今の環境はすごく幸せだなとも感じます。みなさんが少しでも博士号を取得したいと思っていて、それが可能な環境にあるのであれば、ぜひチャレンジしてほしいなと思います。

【取材者感想】

「うつ病のバイオマーカーの研究だけでなく、国家資格の勉強や就職活動などにも意欲的に取り組まれておられるなど多忙な生活を送られていて、かなりストイックな方だと感じました。一方で、どんな質問に対しても笑顔で答えてくださり、親しみやすい印象を受けました。そんな鋭い面と柔らかな面を併せ持った徳永さんだからこそ、うつ病の治療という社会的にも難しいテーマを探求していけるのだと思いました。今後の活躍も陰ながら応援しております。」(教育学部第五類4年・林舞花さん)

「研究と資格勉強の両立をしつつ、未来博士3分間コンペティションでもファイナリストとなり、複数の賞を受賞されたという非常に優秀な方で、目標のために努力し続ける姿勢に感動しました。また、研究室メンバーと仲が良く、趣味も充実していると聞き、博士課程への進学に対してとても良い印象を受けました。徳永さんの今後のご活躍をお祈り申し上げます。」(総合科学部総合科学科4年・Sさん)
※本人の希望により匿名にしています。

左から徳永さん、林さん